単発講座「ピアノソナタ第1番」
ベートーヴェンらしさというもの
初期のソナタは、なんだか、熱情などに代表される「スゴイ」ソナタとは違って、こじんまりとした、つまらないソナタじゃないかと思ってませんか。
いえいえ、そーゆーことはありません。
たしかに、多少、世間様に迎合しちゃったところはあるかもしれません。当時の、ちょー感動的な即興演奏の噂を読むと、きっと「熱情」みたいな演奏だったんじゃないかと思ったりするのです。それじゃ、その頃のピアノソナタは、そういった演奏をそのまま曲として書きとめればいいんじゃないかと。でも、最初からすごい技術が必要な曲を作ってしまってしまったら、ダメじゃないですか。それでは少しも売れない。出版というものがなんとか軌道に乗っていた当時、楽譜が売れてこそ、自立する音楽家として生活していけるのだ。
あるいは、推敲されて形式の整った程よい体裁の曲でなければ、後世の人が「なんだ、雑に作った曲だな」と批評したりする。それでは、恥ずかしい。
だから、初期のピアノソナタを「熱情」と比べちゃ、かわいそうというものです。しかしそこはベートーヴェン、要所はやはりすごいものを秘めています。また、チェンバロではなくピアノフォルテを演奏楽器として最初から想定しているので、強弱記号がモーツァルトより、はっきりしているのが特徴でしょうか。ベートーヴェンのピアノソナタとともにピアノ自身が発展してきたので、強弱の加減は、ピアノの進歩をそのまま表していると思ってもよいでしょう。
第1楽章
マンハイムの花火と呼ばれる、跳躍するような上昇音型は、どうやら当時の流行。冒頭は一見おとなしいのですが、展開部になると、やはり、どことなく力がこもっているという、ベートーヴェンですねという音楽です。
第2楽章
レガートが効いているわけではないので、いまひとつかなという感じがします。しかし、冒頭主題がひととおり終わってからの左手の動きなどが、いかにもベートーヴェンはやりそうだなあ、という感じ。彼の独白が聞こえてきそうです。
第3楽章
メヌエットじゃないような感じだなあ、と思ったら正解。第4楽章に続くことをきっと考えての内容。トリオ部分が、いくぶん、ほっとさせるようになっている。
第4楽章
第3楽章までなら、まあ、このあたりの時代のソナタらしいものなのですが、第4楽章が違う。このソナタの白眉でしょう。
冒頭のみを聴けばただガンガン鳴らす曲のようですが、すぐに品が良くなったり、低音部で燃える情感がうねったりします。


このように(赤い線)、3オクターブの急降下なんて、すごく気持ちいいじゃないですか。その後の、右手(3連符)と左手のもつれそうなところの低音の豊かな動き(3〜4段め)、さらには、5段め以降の3連符に乗った、内に何かを秘めながら言い聞かせるような右手の旋律など、後の有名ソナタを十分に予感させる、興味深いものになっています。
また、中間部にはなぜか優しい旋律が現れたりします。優しい旋律と激しい3連符が交互に現われるところなど、どのように演奏するのか考え所です。